三賢者祭(インド)

東方の三賢者

 東方の三賢者と聞いて何のことかわかる日本人は少ないだろう。実をいうと今回のこの祭りに行くと決めるまで自分でさえも知らなかった。キリスト文化が希薄である日本ではあまりなじみがないが、キリスト教が根付いている国々にとってはキリスト誕生にまつわる重要な宗教行事の一つなのである。

 イエスキリストの誕生日については色々説があるが誕生した時、賢者とされる東方の占星術師が夜にひときわ輝く星を見つけユダヤの王(救世主)の誕生を知った。星は賢者を導き幼子のいる家の上で止まった。この時に賢者が何人いたかの記述がないらしいのだが、この時の三つ贈り物(黄金、乳香、没薬)になぞらえ賢者は三人とされたらしい。なぜか肝心のキリストの誕生日についてはっきり記述されていないらしいが、少なくとも賢者が訪れたのが一月六日とされているようなので、キリスト教の世界では西暦のこの日に三賢者祭(Epiphany Fes)が行われることになっている。

Goa

 インドにおけるキリスト教は南インドのゴアが中心であった。16から20世紀においてゴアはポルトガル領であり、この時期にフランシスコ・ザビエルをはじめとするイエズス会が布教の中心を担い、現在の南インドにおいてはキリスト教というのはメジャーな宗教に発展している。

 そんなゴアにおいてEpiphany Fesが中心から結構離れたReis Magos Churchという小山の上に建てられた教会で独特な形で行われるという。

Epiphany Fes 三賢者祭

 日本にとっては年始の肌寒いころ、このゴア郊外の教会は日本の初夏を思わせるようなやや蒸し暑さを含んだ空気だった。山頂の教会に向かう参道は祭りのため屋台などが立ち並び静粛な宗教行事というよりかは明るい村祭り的な雰囲気を感じさせる。屋台の中にはスナックなどもあった。その屋台が並ぶ一角に周りとはちょっと違って独特の雰囲気のバーガー屋台がズラッと5店ほど並んでいる。赤色の何かのスパイスに漬け込まれたような地元名物と思われるややグロテスクな雰囲気のソーセージがデンと置かれている。初めて見るタイプのインド屋台だけに目が吸い寄せられた。このソーセージは明らかに店によって見た目が微妙に違うので手作りであろう。これを包丁で切り分けバンズに挟みこみ茶色のマサラソースをかけていただくという思いっきり地元ならではのバーガーのようだった。基本地元名物は食べてみたいのと、この日は早朝に出たためホテルで朝食を食べていないので、普段は肉食をほとんどしないにも関わらず、この気になったソーセージバーガーに食指が動いて思わず買ってしまったが、これは個人的にはかなり失敗だった。記憶がはっきりしてないけど、ソーセージっぽく見えるが実際には肉の塊に近かったように思う。そして何よりもソーセージの味付けが自分の許容をちょっと超えていた。地元民も美味しそうに食べてはいたのだが、想定外の味付けに空腹であるにも関わらず気分はちょっと落ち込んだ。インドでこれほど外れる食べ物ってなかなか経験がない。仕方なく無理にこのバーガーを喉に押し込み、とりあえず空腹をなんでもいいからある程度満たし撮影へのエネルギーを上げることに気持ちを切り替えることした。

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教会の敷地内では大勢の人々が椅子に座り、説法や賛美歌に耳を傾けている。村人はインドにしては珍しくパリっとしたスーツの男性やドレスの女性もいるので、西洋的なクリスチャン文化が伝統的インド文化の中に浸透しているようだ。教会入り口付近には幼いキリストを抱きかかえたマリア様と思われる像があり、村人はその像に触れたり接吻をしたりしてから教会内に入っていく。

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そして肝心の三賢者はどこにいるのかと聞くと、この教会内ではなく今は山の麓にいてこれからやってくるという。詳しく聞くとどうやら、山の下から音楽隊とともに出発し馬に揺られながらこの教会にたどり着くという。この小山から下界は見た感じ500mもなさそうに思える。下から徒歩で登ってくる老人もそれなりにいるので標高2~300mといったところだろうか。三賢者が登ってくる道は車道とは別の未舗装の登山道なので、その登山道を少し下りパレードがやってくるのを待つことにした。ほとんどの人が車で山頂に向かう一方、登山道で下からゆっくり登ってくる人も少しはいる。小一時間待っただろうか、かすかに下から元気なマーチが聞こえてきた。さらにしばらくすると、数十人ほどのパレード隊がゆっくり見えてきた。登山なので彼らは休み休み登ってくるのだ。教会関係者らしき男性達はスーツの上に白の薄手レースでできた袖なしのchorrock(日本語では冥衣と呼ばれるらしい)と呼ばれる宗教服を着ている。そして三賢者役はなんと子供達で三頭の馬にそれぞれ跨り十字架を手に握りしめていた。王冠を被りマントを羽織った姿はこの時期としてはとても蒸し暑く大変だろう。時折ペットボトルの水を飲みながら周りの村人に手を振り賢者の到来という祭りの主役を務めていた。ところでなんで賢者のはずなのに王の服装をしているのかというと昔のとある学者が賢者について、その土地の王であろう、というようなことを述べてそれから王様という解釈にもなり英語でもthree kingsと記述されるようになったらしい。あどけない王様の隊列はこのまま休憩をはさみながら教会まで音楽隊とともに登りあがり教会入り口に着くと子供達は馬から降ろされ、王冠だけが教会内に運ばれ祭壇に三つ並べて据えられるとそこで儀式は終了となった。しかし儀式は終わってもこの王冠には神秘的なイベントがある。どうやらこの王冠には神聖なものが宿っているらしく、なんとそのゴーストのため午後の一時になると教会内は立ち入り禁止になり、誰もいなくなった教会の中をゴーストが飛び回るのだという。とても話的には不思議な由来のありそうな王冠だ。見た限りではとてもそんな伝説があるとは思えないほどの現代的な作りをしている。キリストが産まれたのは今から2019年前の現在パレスチナ自治区のベツレヘム。三賢者の魂が宿っているのかもしれないこの王冠はベツレヘムからはるかかなたに離れたインドのゴアだ。いくらなんでもそんな昔のベツレヘムの神聖なるものがここまで離れたゴアに霊的に繋がっているのかと疑問も生じるが、ゴアといえばかのフランシスコ・ザビエルの不朽体がおかれている不可思議な土地柄でもある。聖なるものに対し不思議な神聖現象が起こりうるゴア、王冠伝説も現代科学では説明できない何かがきっとあるに違いない。

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Asahiko Takahashi
  • Asahiko Takahashi
  • Photographer & Doctor 日経ナショナルジオグラフィック写真賞2017ピープル部門 優秀賞受賞。少数民族やその祭りなどに興味を撮影を行っている。主なフィールドはシーク教、遊牧民、北ベトナム、雲南省、貴州省、チベットエリアなど。

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