タウンビョン祭り(ミャンマー)

ナッ神 Nat

世の中には不思議な神や信仰というのが存在するのだが、ミャンマーとて例外ではない。ミャンマーのほぼ全土わたって信仰されているナッ神もその一つだ。本来は現地の土着信仰であったのだが、現在においては仏教と混在してしまっている。その点においては日本の神仏習合と近いのだが、ミャンマーの場合はそれが極端に習合してしまっている。現地人の認識も色々あるのかもしれないが、以前にナッ神の聖地ポッパ山に行った時のガイドは、ナッ神は仏教界の神様と断言していた。格としては仏様の下に存在するようだ。そのような認識になったのは11世紀のパガン王朝のアノーヤター王が「ナッ神はブッダのしもべ」ということを説明してナッ神信者を仏教界に取り込んだころからといわれる。実際にそのポッパ山でのナッ神の祭りにおいては仏教界の僧侶が参加しており読経が行われていたのである。宗教学な知見においては本来別物であろう両者が一緒になることは古から両者の宗教対立というのがおそらく少なく、ある程度お互いに宗教的協力体制というものが存在していたのではないだろうか。そしてアノーヤター王以降の為政者も宗教的な排除をせずに信仰的自由という社会的な寛容精神があったのではないかと思う。鍋で時間をかけて別々の食材を煮込むとお互いに味がしみ込んだりして一つの料理が完成するのと同じように、ビルマ(現ミャンマー)という緩い風土の鍋で長年二つのものを取り出すこともなく煮込まれた2宗教は独自の味のある宗教として仕上がったのである。なおナッ神は昔に実際に生きていた人が亡くなった後にナッ神(現在は37神)になるという。もちろん伝説的な存在の人もいたと思うが、そういった意味では全知全能のような雲の上の存在ではなくどことなく先祖信仰に近い感覚なのかもしれない。日本においても菅原道真を祀る天満宮が全国に存在するので過去の偉人を崇拝するのは世界中のどこにでもあっても不思議ではない。数多いナッ神の中でトップとして君臨するのがミン・マハギリ。ミン・マハギリは大山侯という意味だが、大山とはポッパ山のことを指す。彼の伝説についてちょっと引用を紹介したい。

≪ミン・マハギリは、人間時代、タガウン国に住むウー・ティンデという鍛冶師だった。タガウン王は彼の力を恐れ、彼の姉を王妃として迎え入れた。それでも安心しなかった王は彼を王宮に招いたが、それは計略だった。彼はジャスミンの木の下で焼かれてしまう。それを見た姉も炎に飛び込み焼け死んだ。王は王妃を救うべく火を消そうとするが、彼らの首だけが焼け残った。 ウー・ティンデと姉はジャスミン樹に住むナッ神となり、木陰で休む人々を襲った。王の命令で木は切られ、エーヤワディー川に流されるが、バガン近くに漂着し、なお人を襲いつづけた。そのころ夢の中でお告げを聞いたバガン王は、ふたつの首をポッパ山に奉納した。それ以来ポッパ山の守護神となった≫(*1)

現在どの家にも椰子が飾ってあり、寺院でもよく椰子が供物としてささげられるが、椰子はミン・マハギリを表している。

タウンビョン      Taung Pyone

マンダレーを出てタウンビョンに向かうと道路沿いには延々と寄付を待ちわびる人々が並んでいた。マンダレーからタウンビョンまでは車で一時間前後だったと思うのだが距離にすると結構ある。その道路上のほとんどでそのような人々が延々と並ぶのでかなりの膨大な人が道路沿いに並んでいることになる。場所によっては爆音の音楽を流していたり、パフォーマンス的に様々な被り物をしている。巡礼者が時々寄付をしていくのだが、膨大な人々が寄付を待ち構えているので、一人一人への寄付金は分散してしまい少なくなるような気もしてしまうが、沿道のこういう光景を眺めているとこれはひょっとして寄付金の額とかそういうものよりもナッ神の聖なる期間を楽しもうというイベントじゃないのかという気がしてきた。

駐車場に入ると、そこからはものすごい数の巡礼者の塊が参道をタウンビョンの寺に向かって流れていく。このまま突っ立っていても人波に流されてしまう。決してあらがうことのできない流れは本殿に向かっていく。上からこの寺院付近を眺めるとまるで蟻が寺院という巣に無限に吸い込まれていくような光景になっているんじゃなかろうかと思う。寺院の敷地は結構広い。一部には遊園地もできている。広大な寺院に延々と人の行列が飲み込まれていく光景を見ていると蟻の行列というよりブラックホールじゃないかと思われてきた。ナッ神ブラックホールは膨大な信者を飲み込み寺院内、特に本殿周辺は当然ものすごい密度になっていた。本殿では爆音の宗教音楽が演奏されている。これは奏でるという雰囲気でなく人々をトランス状態に駆り立てるという感じだ。つまりブラックホールは重力で物質を吸い込むのだが、ここではナッ神が音楽を利用して人々を吸い寄せていたのだ。吸い込まれた人々は本殿で飛び跳ねて踊っていた。これはもう音楽に支配されて脳が寄生されているんじゃないかという感じだった。実際に憑依されてトランス状態に陥っている人もいる。ナッ神は音楽という空気の波の下で人々に憑依していくのではないだろうか。激しいリズムで信者を引き寄せ、引き寄せられた信者の脳に音楽が同調してナッ神が憑依していくように見えたのである。この時期は雨季。日によっては多少の雨が降り(幸いなことに祭り期間中には大雨には遭遇しなかった)不快指数の高い高温多湿のねっとりした空気がただでさえミャンマーを分厚く覆っているのに、本殿内ではありえないほどの熱気がそれを上回る規模で充満していた。上から扇風機も回って入るが焼石に水状態で、参拝者のボルテージには到底適わない。こんな状態で延々と踊り続けて平気なのはやはりナッ神のなせる業なのではないだろうか。しかも彼らはどうも素面のようだ。写真でみるといかにもハイになっているように見えるけど、周りには全く酒類の販売もなく、寺院内には酒の匂いが充満しているわけでもない。本当に不思議ではあるが酒無しでここまで狂乱のごとく踊れるのはやはりナッ神の神秘なる力がここまで彼らを駆り立てているのだろう。信者は捧げものである花の枝(フトモモ 蒲桃 の枝という話もある)を手に本殿の下に集まるが激しく踊るにつれ花の部分が飛んでしまい葉っぱのみになってしまっている。聖なる葉を手にした信者たちは最終的に本殿の上の方に奉納されているナッ神が乗り物めがけて枝を投げ入れていく。これは縁起的な習慣のようだった。

皆が狂い踊る奥に本尊があり、ここでもみんな押し合いへし合い捧げものを手にナッ神の元へ向かう。タウンビョンの中でもやはり神前のここが一番密度の高いエリアなのかもしれない。

ここで演奏されるのはインドネシアのガムランに近いスタイルだという。多くの打楽器が並びポリリズムが一つの音楽として形成されていく。演じる音楽はどうやらナッ神によって決まっているようで、同じ演目を別なナッ神の踊りに使われることはないらしい。

タウンビョンについても引用を紹介したい。

≪バガン王は仏歯(仏陀の歯)を獲得しようと、シュエピンジ、シュエピンゲ兄弟(タウンビョン兄弟)の力を借りて中国(大理国、あるいはシャンを指す)に攻め入った。仏歯のかわりに得た玉の仏像を載せた白象が帰路、タウンビョン村で止まり、跪いた。王はそれを吉兆と考え、パゴダを建てることにした。建設中レンガ積みを怠ったと難癖をつけ、バガン王は兄弟を処刑した。兄弟は非業の死を遂げ、ナッ神となった≫(*2)

寺院では午後になると“野ウサギの儀式”が行われる。古式に従い民族衣装を身に着けた女王、大臣が寺院を周回する。中庭にバナナがおいてあるのが見えるが、このバナナが野ウサギとして見立てられていて、聖なる剣でこのバナナを突き刺すという儀式が行われるのだ。その後は“伐樹儀式”というのが行われる。中庭で周回する中央に木が植えてあり、タウンビョン兄弟を殺したアノーヤター王に扮したと思われる男性がこの木を伐る。この木はアノーヤター王を殺したとされる木のナッ神を表している。木のナッ神は水牛に変身してアノーヤター王を角で突いたのだ。したがって木を伐ることで復讐を成し遂げる意味があるようだ。アノーヤター王はバガン朝を作り上げた偉大な王とされている。奇妙ではあるがここではタウンビョン兄弟を殺した王は決して全てにおいて悪役ではないことなのだ。さらに不思議なことに木のナッ神は神であるにも関わらず伐られてしまう悪役になってしまっている。ここでは不思議な伝承が色々あるようなので全てを理解するのは難しい。また伐られた後の木は縁起物なので周囲の信者が我先に押し掛け奪い合う。普段は温厚な印象のミャンマー人。境内の中で狂ったように踊りまくり、伐樹儀式では血相かけてまで木を奪い合う、こういう様子は滅多にみられない。神が宿るこの地の祭りならでは貴重な光景でもある。

ナッカドー          Nat Kadaw

寺院内には多くの部屋があり、そこにナッカドーという呼ばれる一種のシャーマンのグループが祭り期間住みこむ。ナッカドーは基本的にはニューハーフの方が多く、わずかながら女性のナッカドーも存在する。ナッカドーは「ナッの妻」という意味を持ち、ナッ神と結婚式を挙げることによってナッカドーになるという。そのためには少なくとも外見的には女性である必要があるようだ。この不思議な存在であるナッカドーについては次回にもう少し掘り下げて書いてみたい。

(*1) (*2) 引用元のサイト 儀式についても参考にして書いています。

http://mikiomiyamoto.bake-neko.net/myanmarnats.htm

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Asahiko Takahashi
  • Asahiko Takahashi
  • Photographer & Doctor 日経ナショナルジオグラフィック写真賞2019ピープル部門 最優秀賞受賞。少数民族やその祭りなどに興味を撮影を行っている。主なフィールドはシーク教、遊牧民、北ベトナム、雲南省、貴州省、チベットエリアなど。

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