ナッカドー(ミャンマー)

ナッカドー Nat Kadaw

この世界には現在もシャーマンと呼ばれる神と交信できるというなんとも不思議な人が存在している。もちろんそういうシャーマンが日常的に深く根付いている社会は伝統的文化が色濃く残っているエリアが当然多い。世界が近代化するにつれ、非科学的な文化は廃れつつある。そういった中で伝統色残るミャンマーでもナッカドーと呼ばれるシャーマンがいるのだが、かなり異色の存在だ。何しろ基本がニューハーフなのだ。一応わずかながらにも女性のナッカドーも存在するようだ。ナッカドーはナッ神という神に仕えるシャーマンだ。ナッ神というのは土着神の総称であり、主な神でも37神も存在し、その大部分が男性の神だ。そしてなんと信じがたいことにその中の特定のナッ神と結婚式を挙げることによってナッカドーになるという。つまり結婚するには少なくとも外見上は女性である必要があるらしい。ナッカドーはそもそも「ナッの妻」という意味を持ち、ナッ神の妻になることによって様々な悩みごとや占いをナッ神の代わりとして村人に伝えていくという役割をもつ。神との交信を担うために神と結婚して神の憑依を受ける立場となり神と同次元の存在となって村人へ御神託を伝達するのだ。シャーマンとして神の憑依を受けるのは世界中でもよくあるが、結婚までしてしまうというのは普通の世界では考えられない。一般的には神というのは手の届かない雲の上の存在だからだ。しかしナッ神の場合はやや違う。ナッ神としてあがめられるようになる前は実際に存在していた人間だったからだ。伝説上の人もいるだろうけど、地元民からそれなりに尊敬されていた、または非業の死を遂げた実在の人物が死後にナッ神になるわけだから元々は雲の上の存在どころか雲の下の地上界に存在していたのである。そういった意味合いにおいてはナッ神信仰というは祖先崇拝に近い感覚といえよう。元が地上に実在していた人間というのが神との結婚というとてつもない高いハードルを押し下げているのではないだろうか。それでは結婚となると好きなナッ神が既に別なナッカドーと結婚していたらどうするのか、そのナッカドーが死ぬまで結婚できないのか?または諦めて別なナッ神と結婚するのかというと、そうでもなく好きなナッ神と結婚できるようである。そうでもないとナッカドーは神の数である37人しかいないことになってしまうが実際にははるかに多くいる。ここら辺はナッ神が一夫多妻制とかそういうことではなく、全てにおいて緩すぎであり、結婚ということが崇拝することの最上級的なニュアンスなんだと思っている。つまり人間と結婚せずに尽くすのは一生神のみだという一大決意が結婚という形になったのだろうか。

なお結婚する際には見た目が女性的であればいいようで、ペニスの切除は行われていない(切るところもエリアによってはあると聞いてはいるが)。ナッカドーはナッ神の妻である、このことは宗教儀式上の形だけでなく現実世界にも持ち込まれるので地上界の人間と結婚することはないので一生ナッカドーには子供は存在しない。ということはさらにこのナッカドーという職業は世襲制ではないことになる。どういう人がこのような道に進むのか非常に気になるがナッ神の祭りで憑依された者が啓示を受けたようにこの道に進むようなこともあるらしいで、ある程度元々霊感がある人が何かのきっかけで神への信仰への道へ進むのだろう。

彼らの生活もかなり興味深い。もちろん拠点があって普段はそこで生活しているようなのだが、ナッカドー集団はナッカドーだけで暮らしているわけではないということだ。これには規模によって色々違いがあるようで、ポッパ山で見たあるナッカドーは普段は一般人と似たような暮らしをしていて祭りの時に呼ばれるようだ。それでも祭り後の普段着でも女性的な服装なので美容師とか現地では女性に多い職業に就くことが多いとのことだ。このようなソロでやっているナッカドーに対し、集団で暮らすナッカドー一団も存在する。タウンビョンなどにやってくるナッカドー達はそうだ。ナッカドー以外に普通の服装した世話人のような村人達と一緒に生活している。今回は表で見るナッカドーの踊りの姿だけでなく、裏のバックステージ的な部分も観察できた。

ナッカドー一団は祭りや有力者の儀式などに呼ばれる。それ以外でも村人の悩みごと相談や占いなどを日々行っているという。今回のような祭りの時にはどうするかというと、祭りの会場である寺院には彼らが一時的に住むレンタル部屋があり、それを入札して借りるらしい。先ずは到着すると運んできた荷物を次々と運び入れる。大切なナッ神の像もいっぱいあるが布などでぐるぐる巻きにして傷がつかないように籠などで運ぶ。運ばれたナッ神を陳列し、床に敷物を敷いて靴を脱いでこの仮の家に寝泊まりできるように準備をしていくのだ。この準備段階ではまだナッカドーは少なく、一般人的な服装した世話人のような村人が主にこのような仕事をやっているようだ。世話人はナッカドーと一緒に生活をしているけど、主役であるナッカドー達がスムーズに祭りごとの仕事ができるようにしていく裏方の役目を果たしている。なおナッカドー用の借り部屋というのはまちまちだ。ここでは屋根はあるけど床がセメントだけで壁があまりないようなスペースではあるが、ちゃんとした普通の家の部屋の形態をしていたり様々だ。

このような借り部屋で祭り期間は集団生活をするが、ナッカドーは普段から化粧をしているわけではない。必ずしも女性的な服装というわけでもない。しかし髪が長かったり、髪を染めていたり、仕草が女性ぽかったりで、普通の村人と何となく違うので雰囲気でナッカドーと何となくではあるがわかる。写真の左奥の祭壇の前に座っている方がナッカドー。化粧もしてないし、これではよくわかりにくいが仕草が女性的なのだ。そばに行くと分かるが髪が長くカチューシャを付けており一般男性とどう見ても雰囲気が違うのだ。ここではどうやら村人の悩みを聞いているようで占いのようなことをしているようだ。

今度は加工したドラム缶でナッ神像を運んでいたナッカドー。ナッ神という聖なる像をどちらかといえば危険物や廃棄物を入れる汚れたイメージのドラム缶で運んでいるのがシュールだ。木の籠でも運んではいたが、対衝撃という意味においてはドラム缶の方が有利といえば有利だ。こちらのナッカドーも化粧こそはしてはいないが髪を赤く染めていて、やはり一般男性とは違うオーラが漂う。

ナッカドー達はどのようにして踊りを習得していくか。これは弟子入り修行的に教わるらしい。不思議なのは、ナッカドー達は祭りの踊りの際には楽団と一緒になっているが普段は一緒に練習をしていないということだ。楽団は別の存在で、ナッカドー達は伝統的には音楽なしで踊りの練習をしていて今では時にカセットテープを使うらしい。楽団は地元のグループという記述もあるので、ナッカドー達はミャンマー国内を祭りなどで移動していってそこの地元の楽団を雇い一緒に踊りを披露していくのだろう。これは日本でも歌手が地方巡業の際に行先の地元のバックバンドを利用するのと似ている。専属のバックバンドを編成して常に一緒に移動していくとコストがかかりすぎるし、需要的に歌手の方が数が多く、常にバックバンドを必要としていないという状況と似ているからだと思う。

演奏する音楽はナッ神によって異なるらしい。つまりナッカドーがミン・マハギリの妻であればミン・マハギリの音楽、ウー・ミンジョーの妻であればウー・ミンジョーの音楽という風にきまっている。ナッカドーは憑依を受けるのは自分の夫であるナッ神であるから踊りや音楽は必然的に決まってくる。詳しくはしらないのだが、例えばウー・ミンジョーだとしても音楽はいくつかあるんじゃないかと思う。こういうのは祈祷の目的や場面によって音楽や踊りのバリエーションがあるんじゃないかと思っている。

ナッカドー達は自分たちの出番である踊りの時間が近づいてくるとバックステージで化粧を始める。私が見た一団では結構直前から化粧し始めたので、前もって余裕をというわけではない。このグループは10人前後のナッカドーを抱える大所帯。大ボスともなると弟子が化粧やら着付けを手伝う。彼らはこのような祭りごとで生活費の大部分を稼ぐという。憑依を受ける儀式的なことを行ってから踊りを行う集団もあれば、ただ次々と踊りを披露していくグループもある。踊りの最中に信者がナッカドーの服に安全ピンでお金を留めて寄進をする。時には悩みごとの相談をし、憑依したナッカドーは神からのアドバイスを伝えている。踊りの時々で少額のお金をばらまくがこれは村人にお金を分け与えるというよりも縁起物という感じでみんな我先に奪い合う。

様々あるナッ神の中でちょっと見た目的にも特徴的で面白いのは水牛のナッ神、ナンカライン。昔戦乱の時代にモン族の王子を母親代わりになって育てたという伝説の水牛だという。従ってもし家に玄関にナンカラインの像があればその家はほぼモン族である。なおナンカラインは魚が大好物でナンカライン像の前には魚料理が捧げものとして供されるが、水牛が魚を食べるのか?という余計な突っ込みはいらないだろう。

彼らは祭りを求めてミャンマー国内を一同で色々移動して行き、その先々で部屋を借りて生活する旅の一団のようでもあるが、シャーマンという要素を除けば、全国巡業する昔の芸能一座というのが雰囲気的にかなり近いのかもしれない。時代がすすめば、当然このような迷信的なことは減っていくのだろうけど、そう簡単にはいかないような気がする。それはやはりミャンマーに根付いたナッ神とその信仰心、それにミャンマー人特有の決してビジネス優先でない温厚な性格が、たとえ現代化してもナッカドーは生き残っていく、そういう土壌を持っているような気がする。

ホムペの方もよろしく   https://asahikotaka.com/

0
Asahiko Takahashi
  • Asahiko Takahashi
  • Photographer & Doctor 日経ナショナルジオグラフィック写真賞2019ピープル部門 最優秀賞受賞。少数民族やその祭りなどに興味を撮影を行っている。主なフィールドはシーク教、遊牧民、北ベトナム、雲南省、貴州省、チベットエリアなど。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA