タシュクルガン(中国)2010

タシュクルガン  Tashkurgan

 広大な中国の中にあって西に位置するウイグル自治区。中でもタシュクルガンはその中でも西に位置しており,古代中国にとってシルクロードの中継地点として貿易上重要な土地でもあった。カシュガルからウズベキスタンのサマルカンドへ抜ける行程上、平均標高5000mというトンデモない高地であるパミール高原がひろがっていて大きな壁として旅人の行く手を阻んでいる。そのパミールの壁を避けるように南端の標高が低いところからパキスタンに向かうシルクの道があったらしい。地図上で見るとカシュガルの西にパミール高原が広がっている。そのパミール高原から南にはまた高地であるカラコルム山脈が伸びている。つまり超高地の二つの隙間にタシュクルガンがあってそこをパキスタンとの国境であるクンジュラブ峠につながるのだ。隙間といってもタシュクルガンは標高3000mもある高原の町、かなり空気が澄んでいて埃っぽいカシュガルとは別世界だ。

 日本で標高3000mというと日本アルプスの山頂に相当する。これは山岳をやったことしかない人じゃないと感覚的にピンと来ないかもしれないが、普通の日本で標高3000mというと森林限界を超え、植物は高山植物のみで木はなく岩だらけの世界だ。そして夏、秋を除けば雪に覆われるという雪山の世界だ。しかしタシュクルガンは異なる。これはチベット高原でもそうなのだが、同じ標高でも日本と違って木が生えるし、水があるところでは林もできる。そして耕作もできる。春でも雪に覆われることが少ない。これは湿度の高い日本だと気温が下がるとすぐ雪ができるが、タシュクルガンなどの乾燥地帯で雪そのものが少ない。それに気温もやや標高を考えるとわずかに高いと思われるが、これは緯度が日本に比べ低いことが関係していると思われる。そういった諸条件下で標高3000mという日本では考えられないような高地に町ができて普通に人々は畑を耕し、羊の放牧などの生活を営んでいるのだ。

タジク人        Tajik

 タシュクルガンに住む人々はなんとイラン系のタジク族。ウイグル族はテュルク系(トルコ系)と言われ、どことなく見た目的にモンゴロイドの血がある程度混じっているような風貌だが、タジク族ともなるとかなり見た目にモンゴロイド色が薄い。独特の民族衣装も相まって、中国の中でも最も民族的に主流である漢民族からかけ離れた存在ではないだろうか。

 カシュガルからタシュクルガンに到達すると何といっても民族的見た目だけでなく服装の違いも際立つ。特に女性は見た目的にも高身長の方が多そうな印象だ。そしてなんといっても女性の円筒形帽子がとても綺麗で素敵だ。以前にフンザに行ったことがあるが、フンザの女性たちも似たような帽子を被っていた。地域的にも近いしも影響はあるのだろう。その帽子の上にスカーフで巻いている人も多い。そういう点もフンザと似ている。

 男性は黒のモフモフの帽子を被っている人が目立つ。何となくコーカサスのパパーハという帽子の毛をもうちょっと短くフェルトっぽくした印象だ。こういうのは女性の帽子とは違って文化的影響というよりかは寒冷地で発達した帽子ではないかと思う。

 この当時(2010年)はまだタシュクルガンには外国人がちょっと珍しかったのかもしれない。市場で写真を撮っていたら、どういうわけか人が集まってきてしまった(笑)

 彼らはイラン系らしく春分の日であるノウルーズを盛大に祝うという。ノウルーズは古代ペルシャから始まり現在でもイランを中心に中央アジアなどで行われる祭典だ。したがってモスリムの祭りではなくペルシャの影響下の民族の祭りである。テュルク系であるウイグル族もペルシャ文化の影響を受けているので祝うがタジク人ほどではない。そういった意味においてはイランの文化影響はタシュクルガンの人々はそれなりに受け継いでいる。今のタジク族の中にはイランの血が時代を超えて文化という意味で生き残っている。

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Asahiko Takahashi
  • Asahiko Takahashi
  • Photographer & Doctor 日経ナショナルジオグラフィック写真賞2019ピープル部門 最優秀賞受賞。少数民族やその祭りなどに興味を撮影を行っている。主なフィールドはシーク教、遊牧民、北ベトナム、雲南省、貴州省、チベットエリアなど。

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